80億分の1人としての、たわいもない日常を記す

吉兆?

patiroma2008-04-26

今朝、妻が英語教室の準備をしようと離れのドアを開けると、ドアのヒンジのところに体調3センチにも満たないミドリカメの赤ちゃんが隠れていたそうな。この大きさからすると生まれたばかりと思うがいったいどこから来たのやら?ウチの敷地は南が堤防、西が草ぼうぼうの空き地、東が畑、そして北が公道に面しているが、北側を除いてはぐるりと柵に取り巻かれ基礎のブロック積みが2段あるので、このちびカメ君には越せないはずだ。じゃあ、公道側から入って来たのか?と言えばそれも考えにくいが周りの環境からするとカメがいても何ら不思議ではないので、まあ良しとしておこう。しばらくバケツの中で保護したあと娘たちと一緒に表の川に逃がしてやった。その時上の子が『カメさんはFamilyのところへ帰るの?』と言うから『そうだよ』と答えると、『この川はカメさんFamilyの川なんだ・・』とひとり言のように呟いていた。この子の中の『川』というものがこの時から変化して、彼女自身のものになったんだな・・そう感じた。

日本版聖火防衛隊の働きは単に警備という面から見れば大成功だったのだろう。円陣がごとく聖火ランナーを取り囲みまったく隙を見せず、数人の切り込みをも撃退したその様はまるで戦国時代の合戦で総大将を取り巻く近習達のようだった。反対に言えば馬鹿馬鹿しいほどの警備だったと言うことだ。いくらか混乱もあったが予想の範囲内でおさまったと言うべきなのか?そんな中、善光寺で行なわれたチベット武力弾圧による犠牲者の冥福を祈る法要には敬意を表し、皆々のご冥福をお祈りしたい。これこそが静かではあるが中国当局による人権を無視した武力弾圧に対する最も強力な抗議を表していると思うし、日本にしかできないことだと思う。ただ、この様子がちらりとしかTVで報道されず、政府によるコキントウ君訪日を控えて中国側に配慮した情報操作が行なわれていることを如実に示し、日本の報道機関のふがいなさに呆れ、憤るばかりなり。


For The People Of Tibet