何かと話題に上るアメリカだから、世界はアメリカのことを勘違いしながらも割合よく知っていると言える。が、その逆と来たらまるでダメだ。アメリカ人の多くは自分の国こそ世界で一番だ!と思っている。それは様々な分野において確かにそうだが、もちろんそうでないことも多い。しかしその自信とも過剰な自尊心とも言える思いが他国のことを知ろうとする興味さえも圧迫し、これだけ世界に知られた国の国民が実は世界のことを何も知らなかったという現象を生み出している。
コネチカット州で起きた学校襲撃事件以来、銃規制の話題が大きく取り上げられているがそれでもなお銃規制に反対する勢力は大きい。それどころか銃規制が厳しくなることへの警戒感から銃を駆け込みで購入する者が爆発的に増えているという。おかしいよね。
彼らは(特に南部の人間は)銃の無い社会を知らない。考えることさえ出来ないだろう。そんな堅い頭に『銃を規制する』なんて言おうものなら、『銃規制=銃の無い社会=安心』とはならずに『銃規制=銃を持てない社会=自分の身を守れない』となり、猛反発を受けるのだ。最近のニュースでは学校の教師200人が銃の取り扱いを学ぶ講習に参加したという。これらの教師が銃で武装したとする。そこへ曲者が乱入して来た場合教師は曲者を射殺できるのだろうか?射殺して生徒を守ったとしても、その場面を見てしまった生徒らには深い傷が残るだろう。銃を持つ者を銃を持つ者が押さえ込んだとしても、そこに銃がある以上誰かが傷つき、命を失う。そもそも銃は命を守るために作られたものでは無い。命を奪うために作られたものだ。その論法でいけば銃の所持を認めることは、結果的に命を奪ってしまうことを暗に認めていることになる。そうじゃないか?