80億分の1人としての、たわいもない日常を記す

夏なのにインフル

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もう夏だっていうのにインフルエンザで学級閉鎖とは信じがたい事態だ。三女が通う小学校では全学年に渡って蔓延しており、三女のクラスでも今日は5人欠席していたというから油断は禁物だ。インフルエンザは小学校のみならず中学校でも広がりを見せており、1年生で学級閉鎖になるなど、その脅威はいまだ衰えずむしろ悪化傾向にあるようだ。

そもそもなんで気温や湿度が高い状態でもウィルスが健在なのか、夏に特化したウィルスなのか、などなど知りたいことはたくさんあるが、これだけ被害が広がった原因の一つはやはり『まさか夏にね』という思いからくる油断だろう。

いい加減ここらで止めておかないとそのうち我が家からも罹患者が出ると思う。 ひょっとしたら梅雨入りして湿度が急上昇しているので、それでウィルスの蔓延を抑えれるかもね。

しかし何だか不気味な感じだな。

 

雨に濡れつつ

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今日は終日梅雨らしい天気だった。

朝から小雨が降り続き、時折雨脚が強まるものの土砂降りになるようなこともなく、ヤッケを着て作業すれば何とかやれる程度の雨だったので、溜まっていた仕事を一つでも片付けるべく強気で行きました。その甲斐あってか午後からは雨も降ったり止んだりになり、より作業し易くなって助かった。

結局朝から夕方までずっと外で作業を続け、優先順位の高かったものは概ね済ますことができた。これでだいぶ気が楽になったよ。なにせやらなあかんことが次から次へと増えていく一方なので、今日作業できた分はとても大きい。

畑仕事の基本は今後に対する段取りがほとんどなので、作業が停滞するとこの先の計画にも大きく影響する。それを避けるにはコンスタントに仕事を片付けてゆくことが必須で、その意味ではまず『時間があること』が第一条件となるが、その時間を捻出するのが難しい。ただでさえ難しいところに雨が降って作業ができないと、天気のこととは言っても辛いんだよね。

だから今日一日作業できたのは大きいわけさ。

 

黒豆蒔いた

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6月に入ったので丹波黒豆をまずはひと畝分蒔いた。おせち用の黒豆としてはもちろん、枝豆として食べても美味で毎年結構な量を栽培する。黒豆は畑に植えつければ後はあまり手がかからず、大きくなってから台風などで倒れるのを防ぐために支柱を立てるくらいだ。ここ数年は黒豆にマルカメムシが大量発生しており、自分は農薬を一切使わないので駆除も難しく、そのまま放置していることが多い。放置しておいても黒豆が枯れることはあまりないが、樹勢が衰え収量が減る傾向にある。今年はいまのところウリハムシの発生も例年に比べマシなので、なんの根拠もないがマルカメムシの発生数も減るのではないかな、と期待はしている。

夕方、河川敷の草刈りをしたがとても全面やる時間はなく、残りは明日雨が降る前にでもと考えている。相変わらず外仕事に終わりは無いが一つずつ片付けてゆくさ。


夜になって心地良い涼しげな風が吹くようになった。気持ち良く寝れそうだ。

梅雨入り

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東海地方が梅雨入りした。

午前中は40%の降水確率だったので仕事をやる気満々で出かけると、途中から雨が・・

現場に近づくにつれ雨脚は強くなりやがて土砂降りに。それでもめげずに重機仕事だけでも進めようと2時間ほど稼働させて最低限の仕事だけは片付けておいた。

梅雨のイメージというとシトシト降ったり止んだりのはっきりしない天気というイメージが強かったが、最近ではスコールのような土砂降りというケースが圧倒的に多いような気がする。今日も雨脚の強弱はあったが、降りの激しい時は外が白んで見えるほどで豪雨といった有様。年々この傾向は強まっているよね。

近年は梅雨入りしたと発表があってからしばらく降らない日が続くと思えば、いざ降り始めると豪雨災害を引き起こすくらいの降りになることもあるので要警戒だ。

植物のためにはほどほどに降って日が照ってくれるとありがたいんだけど、そうはうまくいかんやろな。

惨劇

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よもや我が家の猫どもにそんな俊敏性があったとはね・・

家に帰ると妻が『猫が鳥を捕まえて食べとった』と言うじゃないか。猫が鳥を捕まえて来ることは決して珍しくないので『あいつらでも鳥を捕まえれるんや・・』と庭に出て確かめて見ると、庭の一角に羽が散らばっている。その羽を見ると『ん!』とちょっと驚いた。というのも鳥を捕まえたと聞いてはいたが、てっきり小鳥とばかり思っていたらハトやんか。これは結構な大物を捕えたもんだ。そのハトを食べていたようでバラバラにされていた。うちの猫どもは元は野良なのでおそらく鳥を捕まえて食べていたと思うが、そう簡単に捕まえれるもんでもないだろう。『よくやった』と褒めるべきなんだろうが、喰われたハトも鈍臭いな。そもそもハトは抜けたところがあるのでそうやって捕まってしまうのだろう。

いつものことだが、猫が散らかした後片付けは自分の仕事。

残されたハトの残骸を運び、木の根元に埋葬してやった。

弱肉強食とはいえ無惨なものだな。

 

はっきりせぬ者どもよ

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いつまでも訳の分からんことを話し続け、結局のところ何の方針も立てられないどこぞの国の政府のようなヤツらとの付き合いほど不毛なものはない。

責任を取るべき者が取らずして何を為すと言うのか。大人が5人も集まっていたというのに明確な答えは得られず、それぞれが好き勝手なことを言って打ち合わせが終わってしまった感がある。

その醜態を見て思ったね。『こいつらに任せておいたら何もできないし、むしろろくなことにならない』と。

我が身可愛さの連中よ。一体何から身を守り、何を為そうとしてるんだい?

天安門30年

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確かに中国は経済力も増し、巨龍と言われるまでに成長したかもしれない。しかしその心は龍にあらず、いまだその辺の物陰を這い回る蛇に過ぎない。

中国の力を決して侮っているわけではないが、民衆を恐怖と力で押さえつけている限り真の繁栄までは程遠く、中国共産党が欲するような立場を獲得するには相当な時間がかかるだろう。

中国は確かに豊かになった。天安門事件のあった30年前と比べると見違えるような急成長を果たした。が、民意はどうだろうか?天安門以後に生まれた者も既に大人になっているが、当局の徹底的な情報操作によって真実を知る機会を得ず、宣伝文句を鵜呑みにしているだけで、なんとも思っていないのかもしれない。しかし50歳以上の者ならば当局が学生たちにしたことを知っており、それについての思いを深く胸に収めているはずだ。

民衆が再び立ち上がった時、また武力で鎮圧するのだろうか。

もしあの時と同じような民主化を求めるデモが起きたなら、中国各地で不満を抱える者たちが一斉に蜂起し、中国は大混乱に陥るだろう。そういった事態対する中国共産党の恐怖の表れが、今の現状なのだ。